ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師@下高井戸シネマ

2024年8月20日

雑務に忙殺される日々のふとした合間に、若い時に一旦手にしたものの消化不良のまま放置されたものが何らかのタイミングで思い出されて、やけに気になったりする。映画のタイトルも監督の名前もうろ覚え。記憶をたどって調べてみたら、ピーター・グリーナウェイ監督の『ベイビー・オブ・マコン』だった。そういえば、あの頃やけにグリーナウェイ監督作品が面白くて、何作か集中して観たんだった。当時より知識範囲が広い今ならもっと理解できる場面が多いだろうとDVDを探してみたが、既に廃盤で手に入りそうになかった。

2024年の春から JAIHO 配給で『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』が特集上映されていたらしい。渋谷のシアター・イメージフォーラムを皮切りに全国を巡回する。知ったのが遅く、都内で再び上映されるまで数ヶ月待つ羽目になったが、それでも再びP・グリーナウェイ作品をスクリーンで観ることができるのが楽しみでしかたがなかった。『ベイビー・オブ・マコン』は上映されないのだけれど。

下高井戸シネマでは、2024年8月10日(土)から8月16日(金)まで『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』では『英国式庭園殺人事件 4Kリマスター』『ZOO HDリマスター版』『数に溺れて 4Kリマスター』『プロスペローの本 HDリマスター版』の4作品が、1日2作品ずつ日替り上映された。

下高井戸シネマは予約がなく当日券のみ。どれほどの人出になるかわからず、チケットの確約を求めて午前中から行く必要はないだろうかと迷った。都内最後のタイミングと知った私のような人間が押しかけたりしないだろうか。

どうか完売していませんようにと祈りつつ、上映一時間前にシアターに着き、窓口で代金を支払い入場整理券を貰った。
24番。
余裕でした。

20時からの回も合わせて購入。都内といえど、我が家から下高井戸は遠い。何なら鎌倉に行く方が時間距離が近いくらいだ。濃厚すぎるP・グリーナウェイ作品を2回連続で観るのは気が進まなかったが、多少消化不良になるのは覚悟の上だ。

スクリーンは1つで定員126名。整理券番号順に入場して自由に席につく。会場の中央付近、前の人の頭が邪魔にならないよう、隣の人とひとつ席を空けて座った。上映直前に客の入りを確認したら、ほどよく空間が埋まっていた。

ZOO HDリマスター版

公開:1985年
原題:A Zed & Two Noughts

私が初めて観たP・グリーナウェイ作品がこれ。物語構造と映像実験のバランスの良さ、美と醜の振れ幅の大きさからいって代表作であると思う。対称性、フェルメール。死体・裸体がわんさか出る。世間でP・グリーナウェイ作品がアート映画として紹介される度に、(エロはともかく)グロ耐性のない人まで呼び寄せてしまうのではないかとはらはらする。
マイケル・ナイマンのミニマル・ミュージックがいつまでも耳に残る。

数に溺れて 4Kリマスター

公開:1988年(日本公開:1989年)
原題:Drowning by Numbers

星の数え歌のシーンに始まり終焉まで1から100をカウントしながら物語が進行する。死とゲーム。ZOOと比べたら死を直視する映像は少なめになるが、相変わらず裸体が頻出する。ストーリーはより単純になり、映像の面白さだけで観ていられる。原始的な荒々しさとカラッとした陽気さに、ラテンアメリカ文学に底流するムードに似たものを感じた。

プロスペローの本 HDリマスター版

公開:1991年(日本公開:1991年)
原題:Prospero’s Books

ウィリアム・シェイクスピア原作の『テンペスト』(嵐)を原作にしたもの。ストーリーラインが極力省略されて、ここぞとばかりに視覚効果が凝らされている。合成映像をふんだんに用いた映像だけでなく、物語にも劇中空間にも多重の意味を込めているために情報密度が大きく、まるで歌舞伎を観ているような気分になる。ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』を連想させる耽美世界は、その後さらに進展(暴走?)して1993年公開の『ベイビー・オブ・マコン』に至る。
コンピューター・グラフィックスを用いた映像技術の発展や人権・動物愛護意識の高まりを考えるに、現代では二度と同じようなものを作ることはできないだろう。その時代の文化の集積、技術、社会的背景を感じさせるという意味で30年の時を経てアンティークとなった作品である。

英国式庭園殺人事件 4Kリマスター

公開:1982年(日本公開:1991年)
原題:The Draughtsman’s Contract

本特別上映作品の中では最も古く、映像作家グリーナウェイ初期の傑作。イングランドの庭園を舞台にした映像の美しさ、スー・ブレーンが手掛けた衣装の豪華さなど見どころが多く、視聴者を置いてけぼりにするような難解なシーンが少ないので観やすかった。グリーナウェイ作品なので当然ハッピーエンドとはいかないが、他を知っていると最後がこの作品で良かったと思う。主要人物が画家で、劇中に絵画が多く登場するだけでなく、カラヴァッジョやレンブラントなどを想起させる視覚効果が随所に感じられた。


帰りに売店でパンフレットを購入した。

なお、映画web配信サービス JAIHO では、8月から9月にかけて4作品が次々に独占配信するとのこと。

おぉ、信じられない。月間770円で何度も観られるの?胸焼けするまで見放題だ。シアターでは謎のままにするしかなかったシーンを丹念に読み解くチャンスになるかもしれません。

さらに、ピーター・グリーナウェイ監督が新作を撮ってるとの話もある。
日本でも上映されたらいいなあ。そして、またブームが再燃して『ベイビー・オブ・マコン』が上映されるようなことがあったらいいなあ。