熊野三山元宮 神倉神社:熊野古道 その8
最終日、無事に雨が上がりました。熊野古道の浜街道を眺めます。


ゴトビキ岩に向います。熊野速玉大社から1キロもない場所です。
GoogleMapの案内でゴトビキ岩を目指すと崖下に案内されてしまいます。目的地を設定する時には「神倉神社 第1駐車場」を指定すると、ゴトビキ岩への参道入口に出られます。
熊野速玉大社と同じく神橋があります。太鼓橋を渡り神倉神社の境内に入ります。高倉神社は熊野速玉大社の摂社で、高倉下命と天照大神を祀っています。神倉山は、神武天皇が東征の際に登った天磐盾の山と伝承されています。天磐盾の碑がありました。



天磐盾(あまのいわたて)
日本書紀神武天皇紀に戊午の年(紀元前三年)六月 狭野(佐野)を越えて熊野神邑に到り「且最後に登る」と記されており神日本磐余彦尊は熊野で高倉下命の助力と八咫烏の先導によって中洲(大和)に入り 初代の天皇として即位されたことが記録されています。
紀元二千六百五十年を奉祝し熊野神邑(新宮)の天磐盾(神倉山)の麓に神武天皇聖蹟としてこの碑を建立し顕彰するものであります。平成二年二月十一日
熊野三山元宮 神倉神社
一の鳥居は両部鳥居です。コトビキ岩が熊野速玉大社の元宮であることが示されています。


鳥居の先は延々急な石段が続きます。雨の日は止めておいたほうが身のためです。下りが怖い。



熊野三山(権現山)
市内西方にそびえる権現山(神倉山)は、神が降臨する神体山として崇められてきました。
主峰は千穂ヶ峰(253m)で「鎮護ヶ峰」とも記されたように神仏が鎮まり守護してくれる山です。古くから熊野速玉大社の神降臨の神域として重要でした。権現山の南、高さ100m近い断崖絶壁には神倉神社があり「天磐盾」とみなされてきました。また、ここには神が鎮座する磐座があり「ゴトビキ岩」と呼ばれています。 古来から霊域として、また修験者の行場として栄えてきたことがわかります。
石段を登りきった先が玉垣で仕切られていて、二の鳥居がありました。明神鳥居です。


少しだけ参道が広くなり、見上げるとコトビキ岩がありました。「熊野権現垂迹縁起」で熊野三所大神が最初に降臨したとされ、熊野速玉大社奥院と呼ばれています。
崖上に懸造の拝殿があります。次々に参拝者が登るのですが、拝殿前には数人立つのがせいぜいのスペースしかありません。景色は最高ですが、手すりもなにもないので、拝殿を観察するのはそこそこにして階段を下りました。



拝殿よりも、ここではコトビキ岩を見上げるのが肝心です。神代に磐座として信仰されたであろう雰囲気が伝わってきました。








ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません