熊野速玉大社:熊野古道 その7
熊野山を下って新宮市に戻り、熊野速玉大社に着きました。とうとう雨が降ってきました。神橋があって両部鳥居があります。神仏習合の名残です。




北西方向に延びる参道を進むと狛犬と神門が見えてきます。立派でよくできた狛犬です。お顔がかわいい。弘化二年(1845年)の作だそうです。



御由緒の案内板がありました。

熊野速玉大社の御由緒
熊野速玉大社は悠久の彼方熊野信仰の原点神倉山の霊石ゴトビキ岩(天ノ磐盾)をご神体
とする自然崇拝を源として、この天ノ磐盾に降臨せられた熊野三神(熊野速玉大神・熊野夫須美大神・家津美御子大神)を景行天皇五十六年の御代(西暦百二十八年)初めて瑞々しい神殿を建ててお迎えしたことに創始いたします。我々の祖先は美し国熊野に坐しますこの真新しい新宮に大自然の恵みを献じて神々を斎き祀り、感謝と畏敬の心を込めて祈りを捧げながら、最も神社神道の特色ともいうべき清め祓いを実践っしてまいりました。このように原始信仰から神社神道へと信仰の形を整えていった厳儀を、未来永劫にわたり顕彰し続ける精神をもって「新宮」と号するゆえんであります。この尊称はまさに熊野速玉神社が天地を経典とする自然信仰の中から誕生した悠久の歴史を有することの証といえるでしょう。中世熊野御幸は百四十度を仰ぎ、第四十六代孝謙天皇より「日本第一大霊験所」の勅額を賜り、また千二百点を数える国宝古神宝類が奉納され、全国に祀る熊野神社の総本宮として厚い信仰を集めております。また境内には熊野信仰の象徴たる「梛の大樹」が繁り、熊野神宝館や熊野詣を物語る「熊野御幸碑」などがあります。
特殊神事 二月六日お灯祭、七月十四日扇立祭、十月十五・十六日例大祭・神馬渡御式・神輿渡御式・御船祭
平成十六年七月七日 世界文化遺産登録御祭神
第一殿(結霊宮)熊野結大神(いざなみの命)
第二殿(速霊宮)熊野速玉大神(いざなぎの命)
第三殿(證誠殿)家津美御子命・国常立命
第四殿(若宮)天照大神
第五殿(神倉宮)高倉下命
第六殿(禅地宮)天忍穂耳命
第七殿(聖宮)瓊々杵命
第八殿(児宮)彦火々出見命
第九殿(子守宮鸕鷀草葺不合命
第十殿(一万宮・十万宮)国狭槌命・豊斟渟命
第十一殿(勧請宮)埿土煮命
第十二殿(飛行宮)大斗之道命
第十三殿(米持宮)面足命
奥御前三神殿
新宮神社
熊野恵比須神社
拝殿は昭和42年(1967年)の竣工で比較的新しいものです。背後に見える千木は、左が結宮、拝殿の真裏が速玉宮です。

写真左奥が拝殿。その両脇から瑞垣が延び、写真の右に向かって五つの鈴門が並びます。瑞垣の奥に妻入りの結宮と速玉宮が並び、そして平入りの上三殿と八社殿の4社殿が並んで建っています。写真では見えませんが、速玉宮と上三殿の間に、奥御前三神殿があり、瑞垣の外に新宮神社と熊野恵比須神社があります。

結宮に第一殿、速玉宮に第二殿、上三殿に第三殿から第五殿、八社殿に第六殿から第十三殿が祀られています。鈴門は上三殿に三つ、八社殿に二つ設けられていました。
雨と疲れとで集中力に欠けました。
この後、コトビキ岩にも向いたかったのですが、濡れた岩段はとうてい無理な靴を履いていたので諦めました。
お昼は道の駅パーク七里ヶ御浜で取りました。紀州犬のふるさとです。











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