奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻@MOA美術館
今年2月にリニューアルオープンした熱海市にあるMOA美術館に行ってきました。ちなみに、アメリカのニューヨーク近代美術館のMoMAとは一切関係ありません。こちらは世界救世教、教祖の岡田茂吉氏のコレクションでMOAは、Mokichi Okada International Association の頭文字です。そして、苗字が同じですが、箱根の岡田美術館とも全く関係ありません。こんなことを書くのは、最初この美術館の名前を聞いた時に、私自身が混乱したからです。
熱海駅からバスで急な坂道を登って5分で到着。チケットを買って館内に入りますが、そこから展示室のある建物まで長いエレベーター7基を乗り継ぎ、既にここで度肝を抜かれます。途中には色鮮やかな映像で輝くホールもあって飽きさせません。
ようやく美術館の建物が見えてきました。ここからは階段です。花粉症でマスクをしているので、呼吸が遮られて苦しいのなんの。
この日はすこぶる天気がよく、高台からの展望がとても素晴らしかった。何度も何度も振り返りながら海を眺めます。
写真で見ても初島までくっきり。
さて、本展の目玉は岩佐又兵衛の《山中常盤絵巻》全巻公開です。
昨年、山種美術館で《官女観菊図》と出会ってからというもの、岩佐又兵衛の絵が気になって気になって、出光美術館の《野々宮図》《在原業平図》も実に美しくて、今回は《官女図》《伊勢物語図》も出るということを知って、電車でやってきました。
いつもと同じように、以下に気になったところをメモとして残します(◎は重要文化財、◯は重要美術品)。
建物の2階の玄関から入って、いよいよ《◎山中常盤物語絵巻 伝 岩佐又兵衛勝以 江戸時代 17世紀》とご対面。
奥州へ下った牛若を訪ねて、都を旅立った母の常盤御前が、山中の宿で盗賊に殺され、牛若がその仇を討つという筋書きで、極彩色の絵巻十二巻に描かれている。全てを合わせると150mを超える作品で、今回はその中から70mくらいが展示されているそうです。
今回の主人公、牛若丸。
刀を三本差しても、飄々としています。
そして、ヒロインの牛若丸の母、常盤御前。
このぐねぐねと執拗に描かれた乱れ毛。《官女観菊図》を思い出さずにはいられません。又兵衛の描く貴女は、手が届かないほど高貴でいながら、どこか生々しいのです。
山中常盤物語絵巻 巻一
話は、15歳の牛若丸が奥州に向かう場面から始まります。
これは平泉の藤原秀衡の屋敷で歓迎されている場面。どぎつい程の極彩色に目が行きます。そして、色がこれほどまでに残っていることも驚きです。現在まで大切に扱われてきたことがわかります。作り手として、これほど幸せなことがあるでしょうか。又兵衛愛されてるなあ。
山中常盤物語絵巻 巻二
牛若丸の身を案じた母常盤御前が、乳母侍従だけをつれてひそかに旅立ちます。けわしい山道、様々な名所が続きます。
女二人だけの無謀な旅です。大津の浦を通るときらびやかな衣装が目立ち、町人たちに奇異の目を向けられ、常盤は「後ろから誰か追ってこないかと振り返り」ます。
それにしても、網笠も着物も実に丁寧に描かれています。既にここまでで屏風一双くらいの分量があります。この細やかさで絵巻を描くなんてことは到底できません。工房で作られたからこそ「伝」がつくのかと、今更ながら理解しました。
この後、旅の疲れで寝込んだ常盤は、盗賊に襲われ、いたぶられて殺されます(巻四、巻五)。あまりにも残虐なシーンが続くので割愛しますが、場面場面で霧が木々が枝をくねらせて緊張感を表現しているのが印象に残ります。
山中常盤物語絵巻 巻六
黒い霧が立ちこめる中、牛若丸の夢枕に立つ常盤御前。
その姿は気高いまま。美しい白の着物に目が行きます。消えた母の姿を求める牛若丸の心情が松の木や灌木で表される。常盤御前が残したのか、いつのまにか現れた赤い着物を身につけて、心を決める様子が描かれる。
山中常盤物語絵巻 巻九
巻八から巻十は、あだ討ちと死体の処理の場面。私の印象とは違い、又兵衛といえば血まみれの絵ばかり注目されますが、この巻を見ると、それもしょうがないかなと思わされます。
牛若丸は次第にキャラが壊れていき、最初の頃(左上)と比べるとまるで別人のよう。
山中常盤物語絵巻 巻十一
牛若丸は奥州の館に戻り、もてなしを受ける。
この場面は、出てくるのが男ばかりでむさくるしいことこの上ないのですが、当時の暮らしぶりが描かれていて、見ていて楽しい。大事にされている立派な馬が厩にいたり、その前では仔犬に乳を与える母犬がいたり、
ご馳走が盛り過ぎだったり、庭には孔雀や鶴もいたりと見所がたくさん。
山中常盤物語絵巻 巻十二
三年三ヵ月後、兄の頼朝が平氏打倒の兵を挙げると、牛若丸は大軍を率いて上洛し大きな功績を上げた。最後、山中で常葉の墓にお参りし、世話になった老夫婦に礼をする場面で絵巻は終わる。
実は、ここに来るまで、又兵衛の絵巻にはそこまで興味ありませんでした。以前、三の丸尚蔵館で伝 岩佐又兵衛の《をぐり》をほんの一場面だけ観ましたが、かなり色がどぎつくて好みからは外れていたので。しかし、絵巻を全巻まとめて観るという体験は大変面白く、今回は二周三周して飽きませんでした。なかなか物語を追えるくらい絵巻物が展示される機会はなさそうですが、今後も絵巻物があれば観に行こうと思います。
その他の展示物
《洛中洛外図屏風 江戸時代 17世紀》
これは山中常盤物語絵巻、巻一の前に展示されています。六曲一双で金雲には凹凸で雲模様が入り装飾的。右隻は京の東半分で南は伏見稲荷から北の鞍馬まで、左隻は京の西半分で北は金閣から南は西芳寺までを含む。祭りの山車や四季折々の花も描かれている。
《○寂光院図 岩佐又兵衛勝以 江戸時代 17世紀》
樽屋屏風(池田屏風)と呼ばれている八曲一隻の屏風がまくられて軸装されたもののひとつ。楷文で「勝以」と入った二重輪郭の印と「道」と入った小円印が入っている。平家物語を題材にしたもので、壇之浦合戦を生き残った建礼門院平徳子の姿を描いた白描画。真っ白の髪が、徳子の過ごした六道を思わせて哀愁を誘う。
《○伊勢物語図 岩佐又兵衛勝以 江戸時代 17世紀》
東下りの宇津の山路、獣の足音に驚き冠を押さえて不安げな顔をする男と従者が描かれている。銀泥と墨を使った霞引きで遠景が分けられて、楷文で「勝以」と入った二重輪郭の印と「道」と入った小円印が入っている。
《○官女図 岩佐又兵衛勝以 江戸時代 17世紀》
小袿(平安時代の中宮が着る)をまとう立ち姿の官女。立ち姿も衣装も美しい。「勝以」と入った二重輪郭の印と「道」と入った小円印が入っている。観に来てよかった。
《◉色絵藤花文茶壺 野々村仁清 江戸時代 17世紀》
展示2室を区切り、この壺のための展示スペースとなっている。照明を工夫し、低反射のガラスを使い、どこから見てもクリアに見えるようになっていた。温かみのある白釉に咲き誇る藤花が描かれ、その色調は下部の土見とも調和している。
景色を眺めながらメロンパン。
展示室をじっくり一周して二時間程度です。私の場合、カフェの休憩いれてここの総滞在時間は三時間強で、体力的にちょうどよい鑑賞量でした。案外近かったし、また来よう。
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