暁斎が描く異形のものたち展@河鍋暁斎記念美術館

2022年4月19日

JR西川口駅から歩いて20分、河鍋暁斎記念美術館へ。
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入口はこちら。
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以前はカフェで入場チケットを扱っていましたが、現在は入口から展示室に直接入り、その場で入場料を払う形式になりました。

現在、企画展「暁斎が描く異形のものたち」展を開催中です。

いつの時代も妖怪は人気を博していますが、暁斎も依頼を受けて妖怪や幽霊画を数多く描いています。
 本企画展では暁斎一門の作品から、器物が化けた付喪神(つくもがみ)や動物のあやかし、天狗や鬼、そして幽霊、ガイコツといった異形のものたちをご覧いただきます。

第一展示室

《河鍋暁斎「大江山鬼退治之図」 絹本着色 軸装》
源頼光が酒天童子を退治する話のクライマックス。切られた鬼の首が宙に舞い、口から瘴気を吐きつつ頼光に向かって飛びかかろうとしている。頼光は左手で瘴気を遮っている。

《河鍋暁斎「鞍馬天狗と牛若丸図」 紙本淡彩 軸装》
日の丸の扇子を烏天狗に投げつけ、高々と飛び上がる牛若丸。《鍾馗と鬼》の時も感心しましたが、縦長の構図がとても生かされた躍動感あふれる画です。牛若丸をよく見ると、着物の裾から狐の尻尾が見えているような。たしか、月岡芳年の月百姿にも尻尾のある牛若丸が描かれています。国芳門下の二人なので、やはり似ています。

《河鍋暁斎「手長足長獲月図」 紙本淡彩 軸装 【12月展示】》
足長が手長を担ぎ、その上に手長猿、その長く伸ばした手の先で手長海老が月に向かって手を伸ばしている。自身の地位や能力を過信して、欲を出しすぎて身を滅ぼす「猿猴獲月」のことわざを連想する。

《河鍋暁斎「鍾馗戯画三図貼り交ぜ」 明治13年 紙本着色 軸装》
閻魔大王が裁きを下している場面、鍾馗と鬼の曲芸、鍾馗が鬼退治している画の三枚を貼ったもの。鬼に曲芸をさせたかと思うと、その下で鍾馗が鬼を逆さ吊りにして懲らしめている。

《河鍋暁斎「変化図 下絵」 紙本墨画》
器物の妖怪である付喪神と、動物の妖怪が、顔を洗い、お歯黒をつけて身支度をしている。これから人を脅かしに行くのでしょうか。

《河鍋暁斎「暁斎楽画第三号 化々学校」 明治7年 沢村屋板 大判錦絵》
明治時代に学制が施行され、西洋式の近代教育が始まった。鍾馗が先生になり、妖怪たちが近代的な学校で地獄のことを学んでいる。

《河鍋暁斎「団扇絵 磯部鉱泉 妖怪」 明治19年頃 神泉亭 錦絵》
上野鶯谷に「明治十七年開業」した温泉宿「神泉亭」が発行した宣伝用の団扇絵。群馬県磯部温泉の湯を運び、鉱泉(沸かし湯)とした旅館で、団扇絵には中央に鉱泉の定量分析表が事細かに記され、その上に、便秘、腸胃カタル、リウイン、子宮病などの病魔が逃げていく姿を描いている。
《国芳(署名:一勇斎国芳画)「源頼光の四天王土蜘蛛退治之図」 大判錦絵三枚続》
源頼光が大江山鬼退治と同様に、配下の四天王(坂田金時、渡辺綱、碓井貞光、卜部季武)や平井保昌と共に化け蜘蛛を退治する場面。画面中央下に蜘蛛の頭が見える。

《河鍋暁斎「うとふ物語」 元治元年 大判錦絵三枚続》
戯作者、山東京伝の『善知鳥安方忠義伝』を元にした錦絵。鷺沼太郎則友が平将門滅亡後、菩提を弔うために修験者となり諸国をめぐる途中、越中の国立山で禅定し、地獄谷で八大地獄に十六の別所を見る場面。剣の山、血の池、不思議の塔、賽の河原などが描かれている。

《河鍋暁斎「芝泉市(狐にばかされ)」元治元年 和泉屋市兵衛板 大判錦絵》
狐に化かされる滑稽な姿を描いたもの。狐に囃子たてられ稲荷神社で傘と絵馬を持って鳥居の上を歩かされたり、馬子が化かされたり、盲の二人は狐に小便をかけられています。

《河鍋暁斎「狸の戯 どふけ船渡シ、角田川花見」 元治元年 丸鉄板 大判錦絵》
狸の陰嚢千畳敷にかけた劇画。上に渡し船、下に花見の風景を描く。一枚を上下二つに分けた形式を「二丁掛け」という。

《河鍋暁斎「狸」 『絵画叢誌』第223号付録 明治38年11月 錦絵》
行灯の光の元、僧侶姿の狸が倒れ込む姿を描いている。僧侶姿の狸といえば、曹洞宗茂林寺の分福茶釜が思い出される。

《河鍋暁斎「化猫百福図 下絵」 紙本淡彩》
書を描いたり、舞ったりと猫が化けた福女が集って楽しんでいるが、左奥に官女姿の鼠が現れると、本性を表して耳を出している。

《『暁斎漫画』初編より 「青坊主、ぬり仏、笑い般若ほか」 明治14年10月 版本》
『暁斎漫画』は、明治14年に多数発行された暁斎の絵本のひとつ。序文には北海道の名付け親、松浦弘(武四郎)が暁斎の紹介文を寄せている。青坊主は一つ目、額に3つめの大きな目を持つ青坊主、目が胸まで垂れ下がるぬり仏、耳まで裂ける口で笑う般若、盥に浸かり、大きな口を開けるのっぺら坊。長い髪の先は蛇になっている。

《河鍋暁斎「妖怪の書画会」 紙本墨画》
一つ目の妖怪が揮毫しようとするのを見守る妖怪たち。紙の端を押さえる河童。書画会の様子を妖怪に変えて軽妙に描いている。

第二展示室

《河鍋暁斎「牛若丸と天狗」 校合摺》
烏天狗の上嘴に乗って飛び上がり、鼻長天狗に斬りかかる牛若丸。伝説では鞍馬天狗の大天狗が、鞍馬寺に預けられた牛若丸を哀れんで子弟の契約を結び兵法や剣術を教えたと言われている。小天狗を相手に稽古の様子か。

《河鍋暁斎「東海道名所之内 秋葉山」 文久3年 大金板 大判錦絵》
手前に大きく描かれた木の上で宴会をする烏天狗たち。洞の中では天狗達が調理する姿も描かれている。酒樽には「惺々狂口」と読める。谷間には大名行列が続き、遠くの山の上には秋葉神社がある。

《『惺々暁斎漫画』より 「おかめに青鬼」 滑稽堂板 錦絵》
おかめと青鬼のにらめっこ。銀泥が使われている。

《河鍋暁斎「幽霊図 下絵」 1883年頃 紙本墨画》
オランダのライデン国立民族博物館所蔵の幽霊図の下絵と思われるもの。元は弟子のジョサイア・コンデルのために描かれた。幽霊の他に、鍾馗の笛に合わせて曲芸をする子鬼達も描かれている。

《河鍋暁斎「夕涼み美人1 下絵」 紙本墨画》
《河鍋暁斎「夕涼み美人2 骨格図 下絵」 紙本淡彩》
団扇を手に縁台に腰掛ける美人を描いたものだが、片方は骸骨図。二つを重ねるとぴったりと重なるという。暁斎は弟子のコンドルから骨格図を入手しており、『暁斎画談』で紹介している。

《『暁斎画談』より 「西洋画摸(骨格図)」 明治20年 版本》
暁斎存命中の明治20年に、戯作者の瓜生政和(梅亭金鵞)が暁斎から聞いた逸話をまとめ、暁斎が挿絵を付けて出版されたもの。展示されているのは、男の頭部が骨格図と共に、画図、真図と画法を描き分けて示されている。

《河鍋暁斎「骸骨の首引き 下絵」 紙本墨画》
首に紐を付けて引っ張り合う骸骨。今にも首が取れそうで見ていてハラハラする。骨格を適度に簡略化しながらも立体感のあるリアルな骸骨を描いている。

《河鍋暁斎「骸骨の酔態 下絵」 紙本墨画》
酒を飲み、酔って肩を組んで歩く骸骨。手にした扇子も骨だけ。

第3展示室 特別展「英国の子供たちが見た暁斎」展

1993年に大英博物館で開催された「Demon of Painting; The Art of Kawanabe Kyosai」展で、暁斎作品を見た当時の小学校高学年から中学生が作成したシルクスクリーンを、複製でご覧いただきます。海外でもやはり、暁斎の妖怪は、大人気だったようです。海外の子供たちが暁斎からどのようなインスピレーションを与えられたのか、お楽しみ下さい。

《THE TRIUMPHANT FROG(勝ち誇った蛙)》
《カエルとヘビの戯れ》の右下にいるアカハラの上に乗ったカエルをピンクと青緑で刷ったもの。印章も葉の形。このままTシャツにしてほしいくらい。

 

やはり暁斎は面白い。こちらの美術館は、展示作品の解説も丁寧だし、混み合うこともないので、思う存分作品を楽しむことが出来て、いつも充実した時間を過ごせます。今回もゆっくりと暁斎の画を楽しむことが出来ました。

博物館

Posted by くるっクマ