日本美術の流れ@東京国立博物館 本館
どんよりと重い雲の下、毎度お馴染み東京国立博物館です。
基本的に美術館は寛ぐために行っている私。ゴールデンウィーク中はあまりに展示室が混んでいて気が休まらない状況だったので、もったいなくて見て回るのを止めておいた本館の常設展を改めて観に行きました。あの広い空間をぼんやりとした頭で回って、その中でキラキラ輝いているものを見つけるのが好きなのです。混雑していると人を避けて歩かなくてはいけないから、ぼーっとしていられないので。
いつものように、気になったものについて以下にメモを残します(◉は国宝、◎は重要文化財、◯は重要美術品)。
- 本館 2室 国宝 法華経(久能寺経) 方便品
- 本館 3室 仏教の美術―平安~室町
- 本館 3室 宮廷の美術―平安~室町
- 本館 3室 禅と水墨画―鎌倉~室町
- 本館 7室 屏風と襖絵―安土桃山~江戸
- 本館 8室 暮らしの調度―安土桃山・江戸
- 本館 8室 書画の展開―安土桃山~江戸
- 本館 10室 浮世絵と衣装―江戸
- 本館 18室 近代の美術
本館 2室 国宝 法華経(久能寺経) 方便品
《◉法華経(久能寺経) 方便品 1巻 平安時代・12世紀 静岡・鉄舟寺蔵》
静岡県久能寺(現在の鉄舟寺)に伝わった法華経で元は全30巻。極楽浄土を願って鳥羽法皇や皇后待賢門院璋子ら周辺の30人が制作したもの。方便品に使われた料紙は多様な染紙に金銀大小の切箔が散らされ、金銀泥で文様も描かれ、見返し部分には平安貴族の姿が描かれた。大変豪華な装飾経。
本館 3室 仏教の美術―平安~室町
両界曼荼羅は、真言密教の教義のよりどころとなる『大日経』と『金剛頂経』との二つの経典に説かれる内容を図絵化したもの。東西に向き合って用いられる。真言寺院では必備のため需要が多く、それに応えるために木版での大量印刷による制作も行われた。
紙本木版彩色の両界曼荼羅図を軸装したもの。なんだ版画かと思いそうになるが、その細やかさは単眼鏡で見てため息が出るほどでした。
《法華曼荼羅図 1幅 鎌倉時代・13世紀》
紫絹に金泥で描かれた法華曼荼羅図。中央の宝塔に一対の金剛杵を組み合わせた蓮の花の花弁ひとつひとつに仏が座している。
天台宗、真言宗に於ける法華曼荼羅は、中央に八葉蓮華を描き、その上に多宝塔を描く。多宝塔中の右に釈迦牟尼佛左に多宝如来が並んでいる。その周囲、八葉蓮華の花弁に8尊の菩薩が配置され、その周囲に四声聞、さらにその外に、外四供養菩薩、四摂菩薩、諸天、四大明王などを描く。
《普賢十羅刹女像 1幅 鎌倉時代・14世紀》
法華経で信仰を実践する人の守護者として説かれる像に乗った普賢菩薩と十人の羅刹女を描いたもの。十羅刹女は仏教の天部における10人の女鬼神であるが、ここでは十二単を着た宮中女房の姿で描かれている。
ちょうど同じタイミングで特別展「名作誕生」展で奈良博所蔵の重文《普賢十羅刹女像》が展示されています。
《色紙華厳経 1巻 平安時代・12世紀》
藍紙に金泥界を施し、全体に金の揉み箔を散らした料紙に、60巻本の『大方広仏華厳経』を書写する。天地の焦げ跡は伝来の過程で火災に遭ったことを示すが、不思議な鑑賞効果をあげている。河内・泉福寺に伝来したもので巻首に「泉福寺常住」の朱方印がある。
本館 3室 宮廷の美術―平安~室町
平安時代中期の武将・源頼光とその郎等・渡辺綱が京都洛北に住まう土蜘蛛を退治する物語。あばら家を舞台に次々に登場する妖怪たちはどれも個性豊か。画中の襖絵などもしっかりと描かれており、本格的なやまと絵絵師によって制作されたことがうかがわれる。
こんなところに土蜘蛛が!と驚いた。本品は江戸博の妖怪展以来です。しかもクライマックスをストーリーが追えるほどの量で展示してあります。いつもながらトーハク太っ腹。個性豊かな化物が出てくるので、どの場面も全て面白い。
展示箇所は、神楽岡の廃屋で老婆に殺してくれと懇願される場面に始まり、
日が暮れから明け方まで異形の物がぞろぞろと出てくる場面、
折れた刀についた白い血を追って行ったその先で土蜘蛛を発見し、
土蜘蛛から出てきた髑髏を供養して廃屋を焼き払ったところまで。
本館 3室 禅と水墨画―鎌倉~室町
《◯朝陽対月図 2幅 仲安真康筆 室町時代・15世紀》
朝陽対月は禅宗で好まれた画題で、僧が破衣をつくろうのを朝陽、僧が月下に読経する姿を対月という。
《◎四季山水図屏風 6曲1双 伝周文筆 室町時代・15世紀》
ごく最近見たようなと思ったら、半年前に展示されていましたね。
本館 7室 屏風と襖絵―安土桃山~江戸
《大原御幸図屏風 6曲1隻 長谷川久蔵筆 安土桃山時代・16世紀》
『平家物語』終盤の名場面。平清盛の娘で安徳天皇の母、建礼門院は、洛北大原に庵を結び、源氏に滅ぼされた平家一門の菩提を弔う。そこに後白河法皇が秘かに訪ねる。草木の繊細な描写が、建礼門院の儚げな境遇と共鳴。長谷川等伯の長男久蔵の数少ない遺作だ。
金雲の輝きと鮮やかな絵の具の美しさに反し画題は切ないもので、お忍びながら多くの従者を連れている後白河法皇と侘住まいの建礼門院の境遇の差が心を締め付けます。
《四季草花小禽図屏風 6曲1双 筆者不詳 室町~安土桃山時代・16世紀》
大きな樹木を描かずに、渓流に続く水辺に草花と小禽や虫を配したいわゆる「四季花鳥図屏風」。岩の表現などから狩野派の絵師による作品と考えられ、安土桃山時代絵画の特色につながる豪壮華麗な画風の萌芽がうかがえる。
いかにも安土桃山時代のものといったきらびやかで豪華な屏風。左隻右下で取っ組み合っている小禽がかわいらしかった。
《藤棚図屏風 6曲1双 狩野伯円筆 江戸時代・18世紀》
濃厚な蜜の香りが漂ってそうな藤棚。「伯円」は、幕府表絵師家のひとつ神田松永町狩野四代の方信と七代の敬信(泰信)が号したが、画中の印は「泰信之印」と読め、筆者は安永・天明期に活躍した敬信と見られる。著名な円山応挙筆「藤花図屏風」と同じ頃の作品だ。
藤棚が描かれた藤花図です。離れて全体を見ても実に雰囲気のよいものですが、胡粉で膨らんだ藤の花がひとつひとつ丁寧に描かれていて、近づいてでも長く見入ってしまいました。
本館 8室 暮らしの調度―安土桃山・江戸
《水藻蒔絵香箪笥 1基 江戸時代・17世紀》
穏やかな水流に漂う藻を意匠化した蒔絵。地味に美しい。
蓋表から蓋裏、見込みにかけて、宇治川など川辺の情景を描いた硯箱。金銀の平蒔絵と螺鈿に厚い鉛板や銀の板を大胆に交えた表現や、通常添景として用いられるにすぎない蛇籠をクローズアップしてとらえた意匠感覚などに、尾形光琳の蒔絵の特色が受け継がれている。
蛇籠は河川護岸の補強に使われている竹で編んだ籠に砕石を詰め込んだもの。
鍋島焼の意匠は、身近な題材を用いながら洗練を極めている点に特色がある。木の柱に支えられた竹製の堰から水が流れ落ちるさまが描かれている。絶妙な構図と完璧な技巧によって、動きをまったく感じさせない不可思議な情趣を生み出している。
上の蛇籠といい、本品の堰といい、こういった身近な風景を意匠化するところは現代の感覚をも超えた驚きがあります。科学やITなどと違って、芸術は年月が経てば進歩するものでないところが面白いなあ。
《染付鯉図皿 1枚 伊万里 江戸時代・18世紀》
ワグネルに師事し、商工省陶磁器試験所所長をつとめた平野耕輔(1871~1947)旧蔵の一枚。日本の窯業発展に貢献した人物である。伊万里の染付や中国青花の大皿を蒐集し、昭和18年(1943)当館に寄贈した。型押しで見込みに施された網目文が珍しい。
コミカルに描かれた三尾の鯉が見上げている。天を泳ぐ姿を想像しているようで面白い。
亀山焼に特徴的ななめらかで美しい白磁の素地に鯉を彫りつけて表し、これに重なるように染付でもう一匹を描いている。やや灰色を帯びた染付の濃淡が鯉の表情を豊かにしており、彫りと染付が生み出す独特の空気と相まって典雅な作に仕上がっている。
鯉のコミカルな表情に加え、金魚のように波打つ鰭にイギリス紳士のような髭が面白い。
本館 8室 書画の展開―安土桃山~江戸
《◯花鳥図屏風 6曲1双 松花堂昭乗筆・自賛 江戸時代・17世紀 個人蔵》
撮影不可。「寛永の三筆」の一人松花堂昭乗(1584~1639)が描いたと考えられる四季花鳥図に自身が16首の和歌を散らし書きした六曲屏風。蔓がからんだ篠竹、色付き始めた小さな銀杏と雪を被った酸漿を描き、それぞれに蝶や四十雀などの小鳥が配されている。
牡丹に飛来する小鳥の図と、蓮に雀の番が羽を休める図の対。草木の種類や状態によって墨線に変化をつけ、質感を見事に表わしている。白と緑の清々しい配色の中、牡丹の淡い赤が何とも優美。雪信は優れた女性画家で、父は久隅守景、母は狩野探幽の姪・国。
色合いや形が清楚で女性っぽいと思ったら本当に女性画家の作でした。柔らかな質感が素敵です。
《花鳥図 2幅 英一蝶筆 江戸時代・18世紀》
右幅にはヤツガシラと山茶花と笹。左幅には木の洞に止まる、尾が長く冠羽がある白い鳥が描かれている。サンコウチョウのようにも見えるけれど、白くて頬が黒い種類がいるのかどうかわからない。
《花鳥図屏風 8曲1双 曽我直庵筆 安土桃山~江戸時代・16~17世紀》
海棠・立葵などの花が咲く渓流に雉子の番を主役として小鳥たちが遊ぶ春夏隻と、白梅・椿・櫨などが色づく雪景に雁・鴛鴦などの水禽たちが遊ぶ秋冬隻の一対。雪舟花鳥画風の古様で描かれる。堺を拠点に京都・奈良で活躍した近世曽我派の初代、直庵の大作。
周囲に淡い墨をほどこし、牡丹の花を白く浮き上がらせている。境目の輪郭線の何とやわらかく、ふくよかなことだろう。葉や茎は、まるで柔らかな月の光に照らされた影のようだ。植物の発散する旺盛な生気が伝わってくる。宗達水墨の魅力あふれる一作だ。
宗達の牡丹です。花の咲く部分を薄く残し背景に薄墨を塗っています。優しい輪郭線で牡丹の花を描いているのが、月光のような弱い光を感じさせます。わずかな風にも翻るたよやかな花びら。たらしこみを使い葉の表現にアクセントを加えています。
《四季花鳥図巻 巻上 1巻 酒井抱一筆 江戸時代・文化15年(1818)》
春夏の巻。月々の花と鳥を連続して描き、季節の移ろいを表す。目をみはる美しい色彩。筆者抱一は姫路藩主の弟だけに極上の絵の具を使っている。限られた天地を操ってモチーフを描き連ねるリズミカルな描写が見事。軽快で叙情味あふれる抱一の逸品だ。
春の柔らかい芽生えのころんとしたフォルムの愛らしさ、夏の日差しで固く茂る葉や強い光を受ける花の鮮やかさ。花々が連綿と続く世界の美しいこと。どこを切り取っても絵になります。
本館 10室 浮世絵と衣装―江戸
《遊女立姿図 1幅 懷月堂度繁筆 江戸時代・18世紀》
懐月堂派らしい堂々とした遊女の姿を描いている。赤い小袖に、葵柄に紺の松皮菱模様が入る打掛を羽織った姿がかっこいい。
藤の名所として知られる亀戸天満宮内の太鼓橋の上から、鯉に餌をあげる少年少女を描いた作品。湖竜斎は柱絵という縦長の画面を得意とした絵師。画面上部の藤の花房から池の鯉へと、鑑賞者の視線を下へ下へと巧みに誘導する構成が見どころである。
《羅生門 1枚 奥村政信筆 江戸時代・18世紀》
渡辺綱は、上記で土蜘蛛と対決していた源頼光の四天王の一人。本作は謡曲「羅生門」で鬼と格闘している姿を描いたもの。
《牛若丸と弁慶 1枚 鳥居清長筆 江戸時代・18世紀》
高下駄を履き衣をかぶる牛若丸と、武者装束で草鞋の紐を結ぶ弁慶を描いたもの。
《幼時を夢見る坂田金時 1枚 鳥居清長筆 江戸時代・18世紀》
坂田金時は源頼光の四天王の一人。相模足柄山に生まれたと伝えられ、幼名は昔話でお馴染みの金太郎。肩脱ぎした大男が樽に寄り掛かかり、子供時代に熊と相撲を取った夢を見ながらうたた寝をする姿が描かれている。良い夢をみたかったのか宝船の絵が前にある。
《山姥と金太郎・栗枝持 1枚 喜多川歌麿筆 江戸時代・19世紀》
喜多川歌麿は、金太郎とその母親である山姥を組み合わせた絵を多く描いているが、本図はその中で唯一の長大判作品。山姥は鬼女とされ、本図でも木の葉を纏った姿を想像させるように着物が描かれている。歌麿の描く山姥は、皆色気のある美しい女性の姿で描かれている。
胸をはだけた山姥にまとわりついて甘える金太郎。あやそうとしてなのか、山姥は栗を手にしている。
右:《摘み草図 1幅 北尾重政筆 江戸時代・18世紀》
川辺で春の草を摘む5人の女たち。様々な着こなしが目に止まる。
中:《出陣図 1幅 蹄斎北馬筆 江戸時代・19世紀》
蹄斎北馬は北斎の門人。弟子の中では筆頭にあげられる。黒馬で戦に向かおうとする男に兜を手渡す巫女装束の女が描かれている。
明治23年初演の歌舞伎「神明恵和合取組」の一場面。江戸の町火消のめ組の鳶、辰五郎(五代目尾上菊五郎)と力士四ツ車大八(四代目中村芝翫)の乱闘場面である。国周は、幕末明治にかけて、癖の強い独特の役者似顔絵を描いて一世を風靡した。
《渡辺の源吾綱 猪の熊入道雷雲 1枚 葛飾北斎筆 江戸時代・19世紀》
源頼光の四天王の一人渡辺綱が、猪の熊入道雷雲の喉元に刀を突きつけている場面を描いた極彩色の活劇画。
《本朝水滸伝豪傑八百人一個・大谷古猪之助 1枚 歌川国芳筆 江戸時代・19世紀》
大谷古猪之助は戦国大名尼子氏滅亡後に尼子氏の復興に勤めたとされる尼子十勇士のひとり。幼名を猪之助といい、古猪を手捕にして打ち殺したことによる。
《和藤内虎狩之図 3枚 歌川国芳筆 江戸時代・19世紀》
和藤内は浄瑠璃「国性爺合戦」の主人公。中国人を父に日本人を母に持つ熱血漢で、物語中で明国に渡り人食い虎を退治する場面がある。
《◎小袖 白黒紅染分綸子地熨斗藤模様 1領 江戸時代・17世紀》
白・黒紅・紅などの地色に綸子を染め、刺繍や金の摺箔によって小袖の表面を敷き詰めたように細かく施した模様は、江戸時代初期に武家の女性が好んだデザインで、「地無し」と呼ぶ。斬新な形の染分も、この時代の特色である。
《小袖 白茶縮緬地桐石畳模様 1領 江戸時代・18世紀》
ベージュ色の地に石畳模様(市松文様)が入り、金銀の糸で桐が刺繍されている。
江戸時代後期には、描絵友禅染で季節の風物や名所を裾模様に表わした小袖が流行した。町方女性の間では、藍・鼠・茶のような地味な色調が「粋」とされた。成人式でおなじみの大振袖も、この時期の流行の名残である。
大振袖で優雅な分、色も柄も渋く整えるのがかっこいい。
本館 18室 近代の美術
古径の画室の庭に咲く芥子を、濃墨による強い描線の上に薄く何度も色を重ねて描く。大正時代後期の写実主義的な傾向を強く示す作品である。古径は、やまと絵や琳派など、日本の古画を徹底的に研究し、線描の美しさと卓抜した色彩感覚で画面を構成する。
大画面に芥子の花叢を描いたもの。鮮やかな葉の色が目に残る。
画面を貫く橋の欄干を真横からみた大胆な構図に、蛇の目をさす婦人と、それを振り返る女性三人の一瞬のドラマが繊細な人物描写によって描きだされる。絹の裏から金箔をあてる手法(裏箔)と裏彩色により、雨を線ではなく光で表わして、この情景を演出する。
真横からの視点で橋の欄干と雨傘の女たちをほぼ実寸大で描いているため、まるですぐ傍に実在しているかのような錯覚にとらわれる。部屋にあったら落ち着かないだろうな。
高村光雲は江戸浅草生まれ。江戸仏師の末流東雲の弟子として習得した木彫技術に洋風彫刻の写実性を加味して、木彫に新生面をひらいた。本作はシカゴ万国博覧会に出品された大作。大鷲と格闘した直後の、気迫に満ちた猿の姿をいきいきと描写する。
教科書でお馴染み光雲の猿。表現の力強さはもちろん、大きいこともあって存在感抜群です。
《色絵金彩荒磯貝尽紅葉桜図大皿 1枚 香蘭社・辻勝蔵作 明治10年(1877)頃》
明治10年(1877)の第一回内国勧業博覧会の際の買い上げ作品。「肥前辻製」の銘から、明治8年に深川栄左衛門、手塚亀之助、深海墨之助らと香蘭社を作った辻勝蔵の作と考えられる。詰め込まれたような伝統意匠と華やかな金彩の印象が強烈である。
久しぶりに思う存分時間を使って堪能しました。いつ来ても何度来ても見ごたえのある展示で、今回もお腹いっぱいです。
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