咳の爺婆尊@弘福寺

2022年4月19日

東京の向島にある黄檗宗弘福寺に行きました。
弘福寺の山号は牛頭山、御本尊は釈迦如来で、隅田川七福神のうち布袋像が祀られています。江戸時代前期、延宝元年(1673年)に僧鉄牛道機の開山、稲葉正則の開基で当時須崎と呼ばれたこの地に建立。隠元隆琦が開山した黄檗宗大本山の萬福寺を模して作られました。

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『江戸名所図会』 7巻 揺光之部 に江戸時代の様子が描かれています。境内の四角で囲まれた地名を読んでいくと、右手前の参道から、漢門、天桂石、観音、天王殿、楼閣、坐禅堂、浴室、食堂、大雄殿、牌堂、方丈が確認できます。

「木犀や六尺四人唐めかす 其角」とあります。大雄殿前の左右にある、二つのこんもりとした植栽が木犀です(刹竿旗もある)。駕籠を担ぐ人を六尺(陸尺)といいます。ふつう駕籠は二人で担ぐものですが、急用だったり、派手に大名等が移動する際には交代要員を伴って4人の担ぎ手(四枚肩)を使ったそうです。丸く刈り込まれた木犀を駕籠に見立て、当時最先端の様式だった黄檗様の華やかな雰囲気を唐風と詠ったのでしょう。
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右奥にある森は秋葉権現宮千代世稲荷社(現 向島秋葉神社)、左隣が牛御前社最勝寺、弘福寺境内の裏(画面奥)に長命寺という位置関係です。

 

そもそもは、築地場外市場にある「中央市場脇公衆便所」側、Google Mapに「咳の爺婆(築地場外市場)」と書かれている祠の石像を調べに行ったのが事の始まりです。

「咳の爺婆」とされている石像を実際に見てみたら、なにやら布袋像のよう。では、本物はどこに?と思ったら向島の弘福寺にあるという。

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では、桜餅を食べに行くついでに寄ってみましょうと、弘福寺さんへ向かいました。

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そして、ようやく本物の「咳の爺婆」に出会えたというわけなのですが、それを見たら見たでまた別の疑問がむくむくと。

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この爺婆の像、世間では大きい方が婆像で小さい方が爺像と言われているようなのですが、逆じゃないの?と。

 

あぁ、もう一度見に行って確認したいと、またもや向島まで行ってきました。

山門

「牛頭山」の扁額があるのが、山門(漢門)です。水戸街道と隅田川に挟まれた見番通りに面しています。

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本瓦葺の三間門で、中央の屋根を高くした牌楼です。屋根の棟先にいるのは鯱です。萬福寺の牌門にいるのはインド神話に登場する怪魚の摩伽羅ですが、こちらは脚がない。棟先に鬼瓦、留蓋瓦に仙果(桃)がついています。

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大雄宝殿

大雄宝殿は墨田区登録の有形文化財。昭和8年(1933年)建立の木造本瓦葺入母屋造重層建築。正面の礼堂と背面の後堂で構成された複合仏堂です。

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大きくは禅宗様の流れを汲みながら、堂前に月台、円窓に中国風の組子、柱に掛かる聯額、柱下に角型の礎盤がある等、随所に黄檗様の踏襲がみられます。

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写真左側、庫裏に続く廊下の屋根がアーチを描いているのも萬福寺の蛇腹天井を意識したものなのでしょう。

棟飾りが派手なのも特徴のひとつ。大棟の中央の宝珠がひときわ目立ちます。
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正面右の扉から礼堂の中を覗けます。中央に「萬徳尊」の扁額が掲げられた扉、右に墨田川七福神の布袋像があります。
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鐘楼

銅製梵鐘は墨田区登録の有形文化財。貞享5年(1688)の鋳造で墨田区最古のものとされています。
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「弘福寺」の扁額が掲げられた唐破風のある建物。庫裏かな?正式に何と呼ばれているかは不明。方形造と切妻造が組み合わさった構造で、方形屋根の頂点にある宝珠が目立ちます。
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本堂鬼瓦と風外古佛之碑

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咳の爺婆尊

で、ここからが本題。咳の爺婆尊の爺像と婆像を詳しく見ていきます。
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咳の爺婆尊です。どっちが爺像でどっちが婆像なのかが、今回の課題です。近年では、大きい方を婆像として語っているものが多いのですが、はてさて。
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稲葉候築地邸にあったころは、爺像がよく倒れていたと伝わっています。婆さんの方は柔和で、爺さんは恐ろしい顔というのも、多くの書籍に共通したところ。

大きい方が爺様だとすると、頭に冠っているのが錣付の丸頭巾に見えなくもありません。いわゆる大黒頭巾です。下がった眉とは裏腹に大きく見据えた目と固く結ばれた口が、いかにも頑固そうな雰囲気を漂わせています。
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台座にしっかり固定されています。

大きな像の方は左側が欠損しています。転がった跡なのか?
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小さい方の像は、左の膝を立てて座っています。頭を布で覆い、顔はにっこりと穏やかです。
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土俗談語 山中共古著 明治32年(1899)出版』に、履物を添えて腰から下の願い事をしたと書かれています。何でも夢に老婆が顕れて「私の履物を置いてくれ、お前の病をなおしてやらん」と告げたとか。

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挿絵を見ると、片膝を立てた像の近くにお供え物の履物が飾られている。

 

国会図書館収蔵の『今昔 第二巻五号 臍石道人著 昭和6年(1931年)出版』の「咳の爺婆さん」には、咳の爺婆尊がかなり詳しく記されていました(オンライン閲覧。コロナ禍がすぎたら複写申請したいと思います)。

この「咳の爺婆さん」を拝見するに「先づお爺さん」は、丈け二尺五寸、幅二尺、厚さ一尺四寸の石像で、暖かそうな衣服を着け、綿頭巾を冠つて坐つてゐる姿であるが、その顔はふつくらと肥つて、稍々下り目の緩いだ口の様子では、年の加減で齒が無い證據。しかし乍ら全體から見て何となく犯し難い「大きなもの」がうかゞえる。次に「お婆さん」は、丈け一尺八寸、幅一尺五寸、厚さ一尺1寸の石像で、これも暖かそうな衣服を身に纏ひ、綿頭巾を冠つて、何かニツコリ笑つて坐つてる姿である。何處なく、あたゝかな慈悲心が溢れてゐる。
(中略)
尚この「爺婆さん」は、貞享三年に、稲葉丹後守正道候が、封を越後國高田に移さるゝに及び、江戸築地小田原町の下邸に移し、維新の際にこの邸を朝廷に上地するに當り、向島の弘福寺へ移して祀つた次第である。

この書籍にあった古い写真では、表情の印象が今とはかなり違って見え、ギロリと見据えた目の感じから、大きな方が爺像だろうとの認識を更に固めました。

 

弘福寺三門にあった案内板によると、明治時代後期、趣味人として知られた淡島寒月が弘福寺境内に住居を構えて隠居していたそうです。
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山内神斧画《淡島寒月翁之印象》、その下に寒月画《咳の爺婆尊》。
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小さい方を僧侶風に、大きい方をしかめっつらの婆として描いている。
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この時代から、既に爺婆の認識が逆転していたことがわかる。

弘福寺のすぐ近くに古いお店を発見。看板が出ていませんが、後で調べたところ「いりむら」さんという煎餅屋さんでした。2階建て、木造モルタル住宅です。
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木枠のガラス戸、木製の菓子棚、ガラス瓶に入ったアラレ、棚の上には一斗缶が並びます。秤も店主が取り出した算盤も何もかも古くて、買い物しながら、つい笑っちゃいました。
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甘くてドロドロした不二家ネクターを買いました。これを飲んだのは、子供の時以来かも。美味しかった。
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お店で一番固い、鬼げんこつも買いました。
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確かに、前歯が折れそうなくらい固かった。ガリガリ無心になって食べていたら、勢い余って上唇を噛んじゃった。危険物です。

さらに、せんべい屋さんのご近所にある栗羊羹で有名な青柳正家さんで菊最中を購入。
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水分を多く含んでトロっと溶けるような餡が大変おいしゅうございました。