旧岩崎邸庭園

上着がいらないほどの天気になったので、この日が今年一番の花見日和だと確信して出かけました。いつもの調子で上野駅まで行ってしまって、一駅戻って御徒町で下車。そこから歩いて不忍池へ。枯れた葦の向こうにピンク色に染まった桜並木が見えます。今まさにソメイヨシノが見頃を迎えています。
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お花見の前に、せっかく近くまで来たからと重要文化財に指定されている旧岩崎邸庭園へ行きました。

 旧岩崎邸庭園は1896年(明治29年)に岩崎彌太郎の長男で三菱第3代社長の久彌の本邸として造てられました。往時は約1万5,000坪の敷地に、20棟もの建物が並んでいました。現在は3分の1の敷地となり、現存するのは 洋館・撞球室・和館の3棟です。木造2階建・地下室付きの洋館は、鹿鳴館の建築家として有名な英国人ジョサイア・コンドルの設計で近代日本住宅を代表する西洋木造建築です。館内の随所に見事 なジャコビアン様式の装飾が施されていて、同時期に多く建てられた西洋建築にはない繊細なデザインが、往事のままの雰囲気を漂わせています。

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チケット売り場の前に《◎袖塀》があります。
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塀に彫られた紋章は岩崎家の家紋「重ね三階菱」で、これが三菱の社章の基になりました。

こちらが洋館。ジョサイヤ・コンドルが設計した英国ジャコビアン様式の建築物です。
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ただ今屋根の葺き替え工事が行われていて、建物の一部が覆われていますが、内部の見学は通常通り行われています。平日は建物内の撮影が可能です。

ジャコビアンとはジェームス1世のラテン名で、その治世(17世紀前半)のイギリスで発展したルネサンス期の建築、美術、家具の様式のことです。

玄関から入ってすぐにあるホールの柱。
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表面に凹凸があってギラギラしています。これは長期間かけてワニスが結晶化したものなんだそうです。
婦人客室の天井。模様は刺繍です。
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来客用ガラス食器。
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桜や松葉様の彫刻が施されている。本ガラス食器のフィンガーボウルのひとつに紙製のバカラのシールが残っていたことから、フランス・バカラ製とみられている。

ベランダのタイルは英国ミントン製のもの。
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目地なしで隙間なく贅沢に敷き詰められています。

二階には客間が三部屋あり、それぞれ金唐革紙の壁紙が使われています。金唐革紙(きんからかわし)とは金唐革を和紙で模造加工した擬革紙(ぎかくし)の一種です。
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この枠内の壁紙は、実際に触って感触を確かめられるようになっています。

婦人客間はペールピンクとペールグリーンのやさしい色使いです。
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もう一つの客間はペールグリーンと金色の金唐革紙の壁紙です。
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二階ホールに金唐革紙の見本が額装されていました。
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こんな豪華なものもあります。

屋根裏から見つかった電球。
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手作りのフィラメントで、ガラスの天面にマツダ・耐振用とある。マツダというのは東芝製の電球の呼称でゾロアスター教の光明神 Ahuro Mazda に由来する。藤岡市助が創立した東京電気が、明治44年(1911年)にゼネラルエレクトリック社との提携でマツダランプを発売し、昭和14年(1939年)にからくり儀右衛門こと田中久重の流れを汲む芝浦製作所と合併して、東芝(東京芝浦電気)となった。

洋館は基本的にはゲストハウスとして使われていて、実際に岩崎家が日常生活を過ごしていたのは和館の方だそうです。元は洋館を越える大きさだったそうですが、現在は冠婚葬祭などに使われた広間、次之間、三之間、待合室の4部屋だけが残っています。広間は書院作りを基調にしていて、渡り廊下は舟底天井です。
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くぐり窓から覗いた中庭。
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廊下の突き当たりに残る板画。
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広間でお抹茶と上生菓子を頂きました。
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かなり薄くなっていますが、襖などが当時のまま残されています。
広間の床の間には《富士山に波》の図。
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こちらは、橋本雅邦が下絵を描いたといわれているそうです。

広間の天井。鴨居の欄間が三菱。
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照明の関係でこんな角度でしか撮れませんでしたが、節ひとつない一枚板が見事です。

この障子欄間も菱形。
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洋館のバルコニーから地下通路で繋がっている撞球室。
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こちらもコンドルの設計で、当時としては大変珍しいスイスの山小屋風。

内部はアメリカの木造ゴシックの流れを組むデザイン。
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こちらの壁紙も金唐革紙です。

庭の桜が満開で、こちらも見事でした。
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庭ももっと広いようなのですが、ただ今整備工事中につき、ごく一部しか望めません。大々的な改修工事が終わったら、また来ようかな。