名作誕生-つながる日本美術@東京国立博物館 平成館
新年から年度末の多忙な時期がすぎてようやく日常が戻ってきた時期、トーハクで楽しみにしていた特別展が始まりました。
若冲展みたいなことになったらたまらないと思って、初日の朝早くから並びに上野の東京国立博物館へ行きました。
全然並んでなかったんですけどね。完全な勇み足でした。
特別展の混雑の差は何なのでしょうねえ。私的には仁和寺や運慶展以上に混むと思っていたんですけど。もちろん混まない方が観る時には嬉しいのですが、意気込んできた気恥ずかしさもあって、拍子抜けしました。
暇なので、入り口の大きな看板を撮ってみたり。
開館した後は、平成館まで係員の誘導の下で進みました。
正門から遠いから、人気の特別展になると走って転けちゃう人とかいるんだろうなあと思いながら、係員さんの後を歩きます。
コインロッカーに荷物を預けて、いよいよ展示室へ。
本展は、日本美術に輝く「名作」に着目し、それらが作品同士の影響関係や共通する美意識からどのように生み出されたのか、誕生のドラマを見ていくものです。
以下、気になったものについてメモを残します(◉は国宝、◎は重要文化財、◯は重要美術品)。
第1章 祈りをつなぐ
仏像や仏画などの信仰を背景とする美術は、経典などに記されたことに基づいて造形化される一方で、特別なゆかりや革新的技法、形をもつ名作を規範として継承し、数々の名作が誕生してきました。
1. 一木の祈り
1《◎ 伝薬師如来立像 1 軀 奈良時代 8 世紀 奈良・唐招提寺》
日本最古の一木造。ふっくらとした頬。頭が小さく下半身がふくよか。鑑真と共に来日した仏像師らは日本に仏像造りに適した石がなかったことから榧の木で仏像を作った。
5《◉ 薬師如来立像 1 軀 奈良~平安時代 8 ~ 9 世紀 奈良・元興寺》
表情が緊張感のある和様に変化している。頭が小さく下半身がふくよか。内刳りされている。
2. 祈る普賢
13《◉ 平家納経のうち観普賢経 33 巻のうち1 巻 平安時代 長寛2 年(1164) 広島・嚴島神社》
長く憧れていた平家納経を初めて観ました。見返し絵は、右手に剣、左手に水瓶を持った女房の姿が描かれている。法華経を守護する十羅刹女の黒歯である。
15《◉ 普賢菩薩騎象像 1 軀 平安時代 12 世紀 東京・大倉集古館》
合掌し白像の背に乗る普賢菩薩の像。合掌する普賢菩薩のイメージが定着したのは平安時代なんだとか。
16《◉ 普賢菩薩像 1 幅 平安時代 12 世紀 東京国立博物館》
色の美しさ、截金文様の緻密さ。
22《◎ 普賢十羅刹女像 1 幅 鎌倉時代 13 世紀 奈良国立博物館》
白像に乗る普賢菩薩の周りの十羅刹女が女房装束で描かれている。
3. 祖師に祈る
23《◉ 聖徳太子絵伝 秦致貞筆 10 面 平安時代 延久元年(1069) 東京国立博物館》
最古で最大の聖徳太子絵伝で、奈良時代に始まった太子への信仰をもとに、太子の60事績を描いたもの。障子絵だったものを近年パネル装にした。本展では、法隆寺東院絵殿の配置を復元して展示。
第2章 巨匠のつながり
近年とくに人気の高い日本美術史上の巨匠たちもまた、海外の作品や日本の古典から学び、継承と工夫を重ねるなかで、個性的な名作を生みだしました。
4. 雪舟と中国
28《◉天橋立図 雪舟等楊筆 1 幅 室町時代 15 世紀 京都国立博物館》
実際にその地を訪れた雪舟がスケッチを重ね、天橋立を東から俯瞰的に想像して描いたもの。
29《唐土勝景図巻 伝雪舟等楊筆 1 巻 室町時代 15 世紀 京都国立博物館》
雪舟が実際に訪れて描いたスケッチ。雪舟が行った時代に金山寺の塔の一つは焼失していたらしいが、古来から金山寺は二つの塔で描かれるものだったため、実際よりも絵画としての表現を選んだのだろうとされている。
32《◉ 破墨山水図 雪舟等楊筆・自序 月翁周鏡・蘭坡景茝・天隠龍沢・
正宗龍統・了庵桂吾・景徐周麟賛 1 幅 室町時代 明応4 年(1495) 東京国立博物館》
雪舟の到達点とも言われる発墨で描かれた山水画。若い時のものと比べると、薄い部分が増えて、より想像を喚起しやすいものになっている。
33《◎ 倣玉㵎山水図 雪舟等楊筆 1 幅 室町時代 15 世紀 岡山県立美術館》
玉澗風に溌墨で描かれた山水図。《団扇形倣古図》の一つ。
36《流書手鑑(模本) [ 原本]雪舟等楊筆、狩野常信模 1 巻 江戸時代 17 世紀 東京国立博物館》
雪舟の作品を狩野常信が模写したもの。元になった《団扇形倣古図》は雪舟の小画面作品で、団扇形の枠内に夏珪や牧溪といった南宋の人気絵師を真似た絵を描いて「雪舟」との署名を記したものである。
37《◎ 山市晴嵐図 玉㵎筆 1 幅 中国・南宋~元時代 13 世紀 東京・出光美術館》
出光美術館「水墨の風」展で見て以来。夏、山里が山霞に煙って見える風景を描いたもの。めりはりのある溌墨で地形を描き、硬い線で橋と人と家を描いている。
39《倣夏珪山水図 雪舟等楊筆 1 幅 室町時代 15 世紀 山口県立美術館寄託》
2017年の再発見を経て、今回東京で初めて展示された。《団扇形倣古図》の一つ。
40《山水図 伝夏珪筆 1 幅 中国・南宋時代 13 世紀 東京国立博物館》
45《◎ 春冬山水図 戴進筆 2 幅 中国・明時代 15 世紀 山口・菊屋家住宅保存会》
5. 宗達と古典
52《扇面散屏風 俵屋宗達筆 8 曲1 双 江戸時代 17 世紀 宮内庁三の丸尚蔵館》
金地の屏風で一曲に三扇ずつ扇図を貼ったもの。
53《扇面散貼付屏風 俵屋宗達筆 6 曲1 双 江戸時代 17 世紀 東京・出光美術館》
淡彩で風景が描かれて大小の金銀箔が散らされた屏風に、季節の花が描かれた金地の20扇を散らして貼ったもの。
54《扇面貼交屏風 伝俵屋宗達筆 6 曲1 双 江戸時代 17 世紀 東京国立博物館》
金地の屏風に六十扇の金地の扇図を貼った屏風。モチーフは物語図、猿図、祖師図、祭礼、名所、花鳥と様々。人物には男女とも眉化粧。
6. 若冲と模倣
60《◎ 鳴鶴図 文正筆 2 幅 中国・元~明時代 14 世紀 京都・相国寺》
右幅は崖から飛び降り、脚を斜め左上に揃えて伸ばし両翼を広げた鶴を写実的に描いたもの。左幅は地に立ち月光を静かに見上げる姿を描いている。
61《松上双鶴図(日下高声) 陳伯冲筆 1 幅 中国・明時代 16 世紀 京都・大雲院》
松の木に止まり、赤い陽を向いて鳴く雌雄の鶴を描いたもの。
62《波濤飛鶴図 狩野探幽筆 1 幅 江戸時代 承応3 年(1654) 京都国立博物館》
文正筆の60の右幅を模写したもので、波の描写がより目立つものになっている。
63《白鶴図 伊藤若冲筆 2 幅 江戸時代 18 世紀》
文正筆の60を模写したものだが、若冲なりのアレンジが効いている。鶴は全体的に画面に対して大きく、羽はより細やかに描写されている。2幅仕立てであることを考慮してか、左幅の切り立った崖は文正のとは逆に右に入っている。波の表現は探幽のよりもさらに意匠性が増している。左隻の鶴はポーズはほぼ同じであるものの、背景は 陳伯冲筆の61を参考にしている。
65《◎ 仙人掌群鶏図襖 伊藤若冲筆 6 面 江戸時代 18 世紀 大阪・西福寺》
踊るように様々なポーズをとる跳躍感あふれる鶏が描かれていて、観ているこっちまで背筋が伸びる。金地に極彩色の鶏と毒毒しくもあるサボテンの色が映える。
66《鶏図押絵貼屏風 伊藤若冲筆 6 曲1 双 江戸時代 18 世紀 京都・細見美術館》
同じく鶏が描かれた襖であるが、こちらは水墨画。筆の勢いが冴え、65よりも跳躍感がある。
第3章 古典文学につながる
日本を代表する古典文学である『伊勢物語』や『源氏物語』。人々の心に残る場面は、その情景を想起させる特定のモチーフの組み合わせによって工芸品に表され、広く愛されてきました。
7. 伊勢物語
67《伊勢物語図屏風 6 曲1 双 江戸時代 17 世紀 三重・斎宮歴史博物館》
伊勢物語の様々な場面を金雲を織り交ぜて描いた屏風。男は引眉なし眉化粧、女は引眉で眉化粧。
69《◎ 縫箔 紅白段短冊八橋雪持柳模様 1領 安土桃山時代 16 世紀 東京国立博物館》
紅地と白地で六つ替わりにしたデザイン。刺繍で全体が埋められ、白地は模様の隙間に金箔を敷き詰めた縫箔である。
72《◉ 八橋蒔絵螺鈿硯箱 尾形光琳作 1合 江戸時代 18 世紀 東京国立博物館》
伊勢物語の三河国八橋の情景を描いた硯箱。
73《◎ 蔦細道図屏風 伝俵屋宗達筆 烏丸光広賛 6 曲1 双 江戸時代 17 世紀 京都・相国寺》
金色に禄青だけで、なだらかな土坡と蔦が描かれた屏風。人も笈も紅葉もなく、静謐な空間に烏丸光広の7首の和歌だけ。右左を入れ替えても、土坡と蔦が繋がる円環構成になっている。「伝」なのは、製作時期が宗達隠居後と思われることから。
非常に美しい屏風で、足を止めて長く見入る羽目になった。
74《◎ 蔦細道図屏風 深江芦舟筆 6 曲1隻 江戸時代 18 世紀 東京国立博物館》
深江芦舟は光琳に学んだとされる絵師。『伊勢物語』第九段、東下りの途次に駿河の宇津の山にさしかかった業平の一行が顔見知りの修行者に出会い、都に居る恋人への手紙を託す場面を描いたもの。意匠化された山々と赤く染まる蔦。修行者は背負っている笈だけで表されている。
76《◎ 色絵竜田川文透彫反鉢 尾形乾山作 1口 江戸時代 18 世紀 神奈川・岡田美術館》
透かし入の紅葉が描かれた反鉢で、内側に水流が描かれていることから在原業平が読んだ和歌「ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」を連想させる。
8. 源氏物語
82《源氏物語図屏風 狩野柳雪筆 6 曲1双のうち左隻 江戸時代 17 世紀》
女だけ引眉なしに眉化粧。
84《◎ 初音蒔絵火取母 1口 室町時代 15 世紀 神奈川・東慶寺》
胴部に松竹梅に鴬を蒔絵で描き、「はつね」「きか」「せよ」の文字を松梅の間に配している。源氏物語の初音の巻「年月を松に曳かれてふる人に今日鴬の初音聞かせよ」による。
第4章 つながるモチーフ/イメージ
身近な自然物や人々の内面を表し今に伝わる名作たちは、すでにある名作の型や優れた技法を継承しつつ、斬新な解釈や挑戦的手法によって誕生してきました。
9. 山水をつなぐ
88《◎ 三保松原図 伝能阿弥筆 6 幅 室町時代 15 ~ 16 世紀 兵庫・頴川美術館》
元は屏風だったものを軸装したと思われる6幅の掛け軸で、三保の松原風景を広く描いたもの。松の葉叢の荒々しさや幹の根本が《松林図屏風》にそっくり。
89《山水松林架橋図襖 長谷川等伯筆 4 面 安土桃山時代 天正17年(1589) 京都・樂美術館》
主が留守の間に等伯が勝手に上がり込んで描いたもので、雲母刷りの桐紋を雪に見立て、そこに幽遠な松林が描かれた作品。
ずっと観たいと思っていたものだったから、本展で目にした時には興奮しました。同時に、意外と地味なのなのねとも。
90《◉ 松林図屏風 長谷川等伯筆 6 曲1 双 安土桃山時代 16 世紀 東京国立博物館》
トーハクのお正月を飾る、日本の水墨画の到達点といわれる作品。細部を観ると88の松との共通点が多い。
91《富士三保清見寺図 伝雪舟等楊筆 1 幅 室町時代 16 世紀 東京・永青文庫》
横長の画面に三つに割れた峰を持つ富士、三保松原、手前に清見寺を描いたもの。日本平からの風景で、以後、富士図の基本となった。
92《富士三保松原図屏風 狩野山雪筆 6 曲1 双 江戸時代 17 世紀 静岡県立美術館》
六曲一双の大画面に91《富士三保清見寺図》と同じ構図で、三峰の富士山、三保の松原、清見寺を描いている。富士山の尾根を長く引き、金泥を多用し霊峰の神々しさが感じられる。雪舟の富士山はどこか中国風だが、こちらはさすがに和風。
93《富士三保松原図屏風 曾我蕭白筆 6 曲1 双 江戸時代 18 世紀 滋賀・MIHO MUSEUM》
六曲一双の大画面に91《富士三保清見寺図》と同じ構図で、三峰の富士山、三保の松原、清見寺を描いているのは92の狩野山雪と同じだが、雰囲気はまるで違っていて異世界。富士山の峰は尖っていくつもに分かれ、周りの山々は海から突き出た断崖絶壁の島になり、三保の松原には虹が架かっている。
曽我蕭白の目を通した世界は凄まじい。
95《吉野山図屏風 渡辺始興筆 6 曲1 双 江戸時代 18 世紀》
金地にお椀型の丸い緑の山が連なり、山間には満開の山桜が描かれている。
98《色絵吉野山図透彫反鉢 尾形乾山作 1口 江戸時代 18 世紀 静岡・MOA 美術館》
透かし入の桜の木が描かれた反鉢で、内側に緑の丸い緑の山が描かれている。
10. 花鳥をつなぐ
100《◎ 蓮池水禽図 於子明筆 2 幅 中国・南宋時代 13 世紀 京都・知恩院》
蕾、開花、満開、枯れるまでの蓮を描いたもの。後に、この描き方が蓮池の基本となった。
108《蓮下絵和歌巻断簡 [ 絵]俵屋宗達筆 [書]本阿弥光悦筆 1 幅 江戸時代 17 世紀 東京国立博物館》
金銀泥を用いたらし込みの手法で描かれた蓮下絵に、光悦が『百人一首』の和歌を散らし書きしている。もと巻子本であったが、関東大震災で大半が焼失した。
111《竹雀図 王淵筆 1 幅 中国・元時代 14 世紀 大阪市立美術館》
笹、撫子、タンポポの映えるところに集まる小禽を描いたもの。雀の親鳥が咥えた虫をねだる雛鳥の姿が愛らしい。細々としたところの自然描写が的確なのが印象に残る。
11. 人物をつなぐ
114《◎ 梓弓図 岩佐又兵衛筆 1 幅 江戸時代 17 世紀 文化庁》
福井の金屋家に伝わった金谷屏風は和漢の故事人物図十二図押絵貼屏風であったが、明治時代末頃に解装されて分散した。梓弓図はそのなかの一枚。伊勢物語の第24段「梓弓」で男が三年待ち続けた女を訪ねていった場面です。
伊勢物語の世界をこうも色気たっぷりに描くところが又兵衛らしくてたまりません。
118《◉ 洛中洛外図屏風(舟木本) 岩佐又兵衛筆 6 曲1 双 江戸時代 17 世紀 東京国立博物館》
無落款。京都時代の岩佐又兵衛が作ったものではないかと言われている唯一の作品。左右で上京と下京をかき分けていた洛中洛外図の定型を破り、連続的に風景を展開するのが特徴。一双を並べた中央に鴨川があって左右をつないでいる。右隻は豊臣氏の象徴方広寺大仏殿、左隻は徳川氏の二条城。街中の風俗ひとつひとつが丁寧に描かれている、左隻右上は京都祇園祭の花笠巡行。幌武者のバルーンが誇張されて描かれているのが目立つ。
121《◉ 風俗図屏風( 彦根屏風) 6 曲1隻 江戸時代 17 世紀 滋賀・彦根城博物館》
金の背景に琴棋書画を含めた様々な姿態の15人を描いたもので、髪、着物の柄、刀の柄など細部まで描写が緻密。
124《見返り美人図 菱川師宣筆 1 幅 江戸時代 17 世紀 東京国立博物館》
吹き前髪で下げた髪を玉結びにし、緋色に花の丸模様の着物、緑の帯を吉弥結びにした美人が見返る一瞬を描いたもの。
12. 古今をつなぐ
125《くだんうしがふち 葛飾北斎筆 1 枚 江戸時代 19 世紀 東京国立博物館》
田安門を画面左のスロープに配し、そこに至る九段坂を描いた。筆記体の英文に似せて画題と款記を横倒しの平仮名で記して洋風版画風にした。田安門の近くをGoogleストリートビューで見ると今も同じ風景が残されていることがわかる。
127《東都富士見三十六景 昌平坂乃遠景 歌川国芳筆 1 枚 江戸時代 19 世紀 東京国立博物館》
湯島聖堂に至る坂道である昌平坂と、それと並行して流れる神田川と富士山が描かれている。土坡を右に配した構図が、125《くだんうしがふち》を自然と思い出させる。
128《◎ 道路と土手と塀(切通之写生) 岸田劉生筆 1 面 大正4 年(1915) 東京国立近代美術館》
現在も代々木4丁目に残る坂を描いたもので、当時は都市開発の最中で、土を切り崩して作られたばかりの道だった。
前期も後期も名作揃いでした。飛ばし飛ばし観たつもりでも、一つ一つに見入ってしまうせいで休憩入れつつ3時間ほどかかりました。鍛えているはずなのに、最後は足がむくんで仕方がありませんでした。前傾姿勢が良くないんでしょうかねえ。
休憩には平成館ラウンジの鶴屋吉信売店で、光悦満雲寿と京のいなりと雅巻セット。
豪華な作品を観てお腹も満ちて、大変幸せになりました。
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